2017年03月13日

夢と魔法と資本主義の国

先日、人生初めてディズニーランドに行ってきました。まぁ、思ってたくらいな感じでした。ただ寒かった~ ><)

ちなみにディズニーに入っていて思うのはキャスト(と呼ぶんですよね?)の人が若い!!大学生くらいのアルバイトが園を運営している感じです。もしかすると大学生よりちょい上の人もいるかもしれない。まぁ、お客さんも若い人がメインだからいいかな?フレンドリーな感じもしますしね!

ってことはですよ。この魔法ランドは莫大な土地という土地資本の投入が最大のポイントにはなっていながらも、さらに加えて労働資本的な産業ってことですよね?ブランドに加えて、大都市近郊の莫大な土地を抑えるということで持続的戦略優位を作るってことは分かってましたが、その本質は安い労働力で利益を稼いでいくモデルでしょうか?

逆に見ていると、お昼ごはんを売ってる売店なんかもキビキビ働いているように見えるけど非効率。行列できすぎ..><) ここの人は一生懸命働いているから文句はつけられない感じだけど、明らかに効率的なシステムになってません。っていうか、よくよく見ると園全体がそういうシステムだし!!

最初はスタッフ(あれ?キャスト?)が非正規労働者ばかりなので、改善するインセンティブがないためかな、と思ってました。かといって、改善するために正規雇用を増やすと、超高収益という夢と魔法(←投資家にとってですよ!)が醒めてしまうからと思ってました。

でもよく考えると違いますよね?結局、ここのビジネスモデルは「お金を払って入園してもらう」ことであって、個々のイベントやアトラクションでお金を払ってもらう訳じゃないので、「仕方ないなー」と並んでいてもらわないとアトラクション数が圧倒的に少ないわけですよね?

製造業的な視点で、待ち行列を減らすように最適化してしまうと、行列に並んでいない人たちに対しては別の新しいアトラクションをあてがわないといけません、ってことはコスト。つまり、「ディズニーランドは並ぶよ〜」なんてアドバイスをもらっていたんですが、むしろディズニーランドは「お客さんに並ばせるのがビジネス」ってことですよね。

もし、55分並んで、5分乗り物に乗る、ってなら乗り物が1000人分あれば、それで12000人分がさばけるわけです。もし25分並んで5分乗るな6000人分しかさばけない。

だからパレードのためにお客さんに座ってみていてもらう(新しいアトラクション作らなくていい!!)のも、食事のために並んでいてもらおうのも(ディズニーの食事は混むから並ばないといけない、と思ってくれているお客さんを並ばせておこう!)、全部ディズニーのビジネスな訳です。

いやー、こうして夢と魔法の国(投資家にとっての)がデキているんだなー、と堪能したわけです。

え?ディズニーのホスピタリティの魔法???あー、そんな本買ってる人たちもいたみたいですね。どんな本か知りませんが、非本質:->スタッフは一生懸命やってる感じでお客さんに突っ込まれないが、システム全体で非効率を作り込んであるわけです。ビバ、非正規雇用:0
posted by やまざきしんじ at 09:24| Comment(0) | 日記

2015年10月18日

書道

最近はひらがなは書けるようになりましたが、カタカナはぼちぼちです。

というわけで、ひさびさの書道です。ちなみにカタカナはわからないものがあるようなので、タブレットで調べながら書いてました。

ひらがなもカタカナもなんか書き順とか変で、書く場所がフリーダムですが(いつもはここまでフリーダムではない)なかなかおもしろいです。

ちなみに水性の墨なんで、いざというときにも安心です:->

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posted by やまざきしんじ at 19:35| Comment(0) | 日記

2015年08月28日

愛についての5つの誓い

最近、”愛”について目にすることがしばしばあります。そんな訳で、少し前のある哲学者の言葉を書いておきます。誰の言葉かはマイナーなんで、ここでは書きません^^;;

一つ、愛する者は、いつも前を向いて歩き続けること。

一つ、愛は与えるもの。

一つ、愛することは守り合うこと。

一つ、愛する者は、自分を信じ、決して後悔しない。

一つ、愛する者は、一流の紳士・淑女たるべし。

深いな..
posted by やまざきしんじ at 17:28| Comment(0) | 日記

2015年08月23日

Skypeでビブリオバトル

やってみた!!

超難しいでした。


ビブリオバトルは3年くらい前に一度参加したことあるんですが、今回はとてもむずかしかったです。
Skypeなので、相手の表情がみえないので、どんどんと不安になっていき、テンションが下がっていきます..orz

うーん、Youtubeをセミナー動画を作るとテンションあげるのが難しいですが、あれよりも2倍くらい難しかった...
posted by やまざきしんじ at 20:01| Comment(0) | 日記

2015年06月17日

「科学で証明され」たくない

なんかWIREDでよく「〜が科学で証明される」という記事が出てる気がします。

例えば、
人の「群れ」を効率的に操作するには:科学的な証明
あ、こっちは実験で証明ですね。
オスの存在理由、実験で証明される

あ、WIREDだけかと思ったらググったらいろいろあるんですね。ハフィントン・ポストの
科学が証明したすぐ幸せになれる16の方法

なんか科学で証明ってとこはツッコまないのがお約束としても、なんだかムズムズする言い回しですよね。内容から連想されるものも、直訳調すぎて辛いところも。「科学」や「証明」へのコンプレックス的な感覚とかも。

なんでこんなムズムズする言い方流行ってんだよ!!

posted by やまざきしんじ at 19:57| Comment(0) | 日記

2015年05月26日

攻撃側がらく過ぎる

ツイッターはアホな情報を流している人がいると、コメントが飛んでくることもあると思いますが、フェイスブックは厳しいですね。デマ流している人が大量に湧いてますが、コメントできない^^;;;; 絶対面倒なことになりますからねー。

真実よりも、関係性ってのがSNSでしょうか^^;;

ちなみにデマを流す側は圧倒的に有利です。なんてったって書くだけですから^^;; エビデンスとかいらないし..
あとは、リテラシが低めの人が拡散してくれます (-_- ;;

おうおうにして、これらのデマを専門家と称する人がはじめたり、拡散するのがさらにやっかい度をまします。

デマ(例えば「***は体に悪い。でも、業界団体がほげほげとか」、「抗癌剤は云々とか」)を広げる側は楽なんですが、「そんなのない」というためには結構な手間暇がかかります..

先程も、とあるものが、ある地域で制限されているっていう情報が本当かぐぐって15分もつぶしてしまいました(デマだった)
まぁ、デマを拡散する人たちはだいたい決まってるので、そういう人たちの書き込みを見ないようにするか、そういうデマっぽいものを見ても、いちいちデマかどうかチェックしないで、「あー、またやってんなー」と無視すればいいんですが^^;;;


ちなみに、こういった陰謀論って、おうおうにしてスピリチュアルな人と相性がよくて、さらにそこに謎の健康食品で稼ぐやつらと、マルチやらネットワーク商売がこんがらがって、楽しい状況になりがちなのはなんでだろ〜♪

posted by やまざきしんじ at 15:20| Comment(0) | 日記

2015年02月27日

何でもは知らない、知ってることだけ

世の中にはいろいろなことを知ってる方がいますよねー。

本当に知ってる人もいれば、知ってると称している人まで。有名人やなんやらの中には、何を聞いても答えを持っている(かのように見える)人がいます。

「愛とは何か」とか「日本の未来はどうあるべきか」といった誰も答えられないタイプの質問に対しては、好きに答えていいんですが。明確な答えのある、知識が必要な質問を何でも答えられる人もいますよね〜。

すごいですね〜。


先日、たまたま会った人がどんな質問にも答えてすごいな〜、と思いました。

「**さんは何でも知ってて凄い」

ちなみに、自分が知ってる分野について語っていたことを聞いたらかなりデタラメでした^^;;;

何でも知ってる人は凄いと思うけど、何でも答える人は怪しいってことですね^^;;

posted by やまざきしんじ at 08:02| Comment(0) | 日記

2015年02月14日

カント主義と結果主義

今日、某所で自分の昔のブログ記事のネタを何やら話されてムズムズしてブログを少し読み返してしまいました。

そういえば、僕は仕事という点では努力でなく、結果を重視します。

いわゆる帰結主義というやつでしょうか?そこでは、行為者の意図といったものは考慮しません。

一方で、倫理的な振る舞いや人間としての活動一般では結果でなく行為者の意図を重視する立場です。カント主義とでもいうのでしょうか?

こうやって考えると、自分は人間としての振るまいと仕事においての立場は違うんだなー、ということにいまさら気付きました。
posted by やまざきしんじ at 17:57| Comment(0) | 日記

2014年12月17日

本当・本気メソッド

うわっ。また、見ちゃった「あなたは本当の**を知ってますか?」

これ、使い古されて手垢がついたどころか、もうちょっとどうなの?、と思うレトリックですが、まだまだ人気ですねよ。

使ってる側は「あー、もうちょっと今更感あるわー」って思ってるのか、それとも「一周したし、逆にナウいじゃん」って思って使ってるのか気になるところです。


「本当の**」や「ホンモノのxx」というのは、もちろん自分以外の周りの人達や読者に「ニセモノ」のレッテルを貼った上で自分こそがホンモノというのを言外に漂わせるってヤツですよね。もちろん、ホンモノだけが知ってることを自分は知っていると主張こそしますが、具体的にそれが何かはモヤモヤっとした感じで伝えます^^;;もしくはブログならば、そこで話が終わります^^;;


また、”本当”、”ホンモノ”だけでなく、「本気であなたは**してますか?」というのも人気ですねー。相手の努力などを”本気”かどうかを確認するってヤツですよね。どんなに努力しても、「それで本気と言えるのですか?」という攻撃は有効です。自分のことさえ棚上げにしておけば、相手を攻撃するのは簡単ですもんね。


この”本当”、”ホンモノ”にしろ”本気”にしろ、相手を一方的に攻撃をする、自分については棚上げをする、自分の凄さは具体的でなくモヤっと伝える、という3つを組み合わせることで、”本当・本気メソッド”は完成します。

逆に”本当”や”本気”という言葉をことさら使う人はニセモノ率が高いので、むしろモヤっとした空気じゃなくて、実績や理屈を書いてる人を信用した方がハッピーになれる確率が高そうです:->
posted by やまざきしんじ at 09:33| Comment(0) | 日記

2014年11月21日

毎日1%向上させると1年で...

とかいうレトリックは人気ありますよね。一見大したことない積み重さねが後々で大きな差になります、ということが言いたいんですよね。

そういえばいいじゃん!

そんなわけで、

一見大したことない積み重さねが後々で大きな差になります

はい。終了。


毎日1%向上させることが出来る自己ってどんだけペラペラなんだよ。生後1歳かっちゅうの、って誰か突っ込んでまわってください^^;;
posted by やまざきしんじ at 08:00| Comment(0) | 日記

2014年04月14日

キツネとハリネズミと100のやること

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知人が100のやりたいことを書き出していました。たしかに毎年、やりたいこと100個書き出す友人も多いし、いろいろなところで推奨されていることです。

一方、...僕はやりません。もし、リストアップするならやりたいことは100個でなく、1個であるべきでしょう。

キツネは多くの小さなことを知っている、
ハリネズミは一つの大きなことを知っている、

と言われます。実際に100個のやりたいことよりも1個のやりたいことの方が、効果が大きいはずです。

それならば、100個のやりたいことでなく、100個のやらないことをリストアップするべきではないでしょうか?(←今、思いついたので実践してない)

100個のやらないことリストを作って、1個のやるべきことに集中する、そちらの方が結果につながるはずです。


た、だ、し、これにはひとつ罠があります。

仕事でなく、プライベートの場合は、やりたいことは単にやればいいということでもあります。プライベートのやることの目的が”息抜き”だとするならば、一つの大きなことをやるよりも、たくさんの小さなことをする方が幸福感が高まりやすいです。

これは、人は馴化(じゅんか)といって、要はすぐ慣れる動物だからです。そのために、1つの大きなことをやってもすぐ慣れてしまうのに対して、たくさんの小さなことをやれば幸福感が続くのです。

ところで、100個のやりたいことリストは何のために作るものでしょうか?

こういうものを作ることで、やりたいことをいろいろ出してもっと達成するため?
日常を見つめ返し、意外とやりたいことを確認するため?

後者のやりたいことリストならば僕も作ってみたいです。
・朝5時に起きて、一人でサッカー見ながら仕事したりする
・自分の書いたブログを知人に「面白いよって言ってもらう」
・自分の読書会に新しい人が来る
...
うう、書いてるとやりたいことよりも、起こると嬉しいなリストになってきました。

でも、これはリストを事前に作らなくても毎日の中から摘み取れるものですね。きっちりと日常の中を見つめさえすればいいと思います。

Carpe diem!


写真はWillButron2さんのものを使用しています。


posted by やまざきしんじ at 07:29| Comment(0) | 日記

2014年03月01日

名古屋ライフハック研究会に参加してきました

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 今日は名古屋ライフハック研究会に参加して来ました。  

 内容は「流される人生をやめ、本当にやりたいことをスタートしよう!」です。

 ちなみに私は、「ミッション」とか「人生の目的」とか全くどうでもいいと思っています。そういうのは、ニューソート→ニューエイジ→自己啓発の流れで、僕は「あるがまま」で「自分の目的」や「ミッション」なんて不要と基本的に考えていました。

 目の前のタスクの優先度を決めたり、仕事の1年単位くらいでのやることを決めるのは好きでそれなりにやっていますが、「10年後に何をする」とか「自分が死ぬ時にどのように覚えられたいか?」なんていうことは1ミリも考えていません。「死ぬこと」に意義を見出そうとはちっとも思っていないし、「人生とはそういうものだ」と思っているからです。(←この辺、ギリシア哲学(含むストア派)の影響が大きいです)

 そんな訳で、「本当にやりたいこと」や「ミッション」といった考え方は、まったく自分の思想や信念と反するのですが、それだからこそ面白いかと思って参加してみました。基本的に、自分を否定するような情報を得ることは好きなので...^^;;;
 
 今日の内容はほとんどが個人ワークで、ひたすらウンウン考えて書いてくものです。自分のこれまでのことをいろいろと書き出して、これからの目的を考えて、それをブレイクダウンするといったところでしょうか。書いてしまうと簡単ですが、これを2時間以上かけて行いました。ずっといろいろと考えていたので、かなり疲れました。自分なりにワークシートを埋めるのですがその背景とか、その結果とかを書き込みながら書いてるとどんどんと時間が過ぎていきます。
 
 個人的には自分の過去を振り返ることで、未来の目的を考えることが出来るという考えは全く違うと思っています。これは、過去は分析することしかできないが、いくら過去を分析しても未来の目的という「自分の意思」は出てこないからと考えているからです。未来は分析して与えられるものでなく、自分の積極的な意思、もしくは「判断」のはずです。
 
 そんな訳で過去について考えることについては、ワークは面白かったものの、むしろ自分の過去の再確認をしたといったところでしょうか。「ミッション」や「人生の目的」には貢献しませんが、自分の今の考え方のクセや価値観の背景を俯瞰するための材料といった感じです。
  
 過去と違って未来については、自分で決めることです。そのため、しっかり時間をとって考えてみるのは最高の時間でした。長い先(例えば「死ぬ時にどう思われたいか」)はあるかないか分かりませんが、今の自分の優先順を再考するには最高の機会になりました。


 また、今回はLT(ライトニング・トーク、参加者が5分間で行う短いプレゼン)の参加希望者がほとんどいなかったということで、お願いしてやらせてもらいました(←結局いつもLTしてる)

 今回のタイトルは「細かすぎて伝わらない心理学」ということで、「ビリヤードにおける練習法」を心理学の研究から説明させていただきました:->


 なお、次回は6/1(日)に開催とのことでした。また、参加できるといいなぁ...
posted by やまざきしんじ at 22:52| Comment(2) | 日記

2014年01月27日

起業したい人が考慮すべき2つのこと

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たまに起業しようとしている人の相談に乗ることがあります。この時に考える2つのポイントを書いてみます。

まずは、「相手がそれを買うかどうか」です。よくあるダメパターンは「これは良い物だから、これは良いサービスだから、売れる」というものです。

特に自分のサービスに思い入れがあるとそれを高く評価してしまいがちです。

例えば、営業で苦労した人は、「営業教育サービス」は売れると判断するかもしれませんし、自分にとっては10万円以上の価値があると思うかもしれませんが、個人向けの「営業教育サービス」が5万円で売れるかというと、それは難しい気がします。

もちろん、それがすごくいいもので、しかも教育を受ける前でもその良さが分かるほどのものならば売れるかもしれません。でも、そんなサービスは滅多にないでしょう。


次にポイントなのは、競合の存在です。競合が多いものは当然難しいでしょう。

もし、「フラワーアレンジメント教室」で起業しようとする人がいたら、「趣味ならいいけど、それで食うのは無理」とアドバイスします。

こんな直球の人は少ないかもしれませんが、「うちはフラワーアレンジメントでなくて、フラワーセラピーを組み合わせた新しいものだから」とか「私は**流の師範の資格も持っているから、他の人と違う」といったように、他人から見たら大して違いがない差別化ポイントを主張したりしてます。

もちろん、フラワーアレンジメントでも食っていくことはできるでしょう。でも、参入障壁が非常に低いし、既にやっている人が多いので、相当工夫をしないと難しいことは容易に想像できると思います。


ここまで読むと、「じゃあ何をすればいいんだ?」となるかもしれません。

でも、客がお金を出したくなる課題はたくさんあります。

病気の子供を預かってもらうサービス、車庫入れが上手くなる商品、特定の分野の論文をすぐに調べてまとめてくれるサービスは僕の課題を解決してくれますから、一定のお金を出します。


競合との差別化を考える場合は、自分の扱っている商品やサービスに大しての知識が多いために、大した違いがなくともそれを過大評価しがちです。

解決する課題を変えるか、もしくは課題を持っている人(≒売る相手)を変えるのかを考えていくことで、競合との差別化はできるはずです。

そういえば、よく企業買収の際にある間違いで「俺の方がもっと上手く経営できるぜ症候群」というのがあります。起業の際にも、上の病気を発症してしまい、競合とまったく同じことをしてしまうのです。

競合と同じことをして、戦術レベルで(やり方で)違いを出すのは難しいです。もちろん大事なことですが、最初からそこを狙っていくのは筋が悪いです。


こうやって考えると起業を考える人に必要なのは、2つのポイントでなく「アイデアの力は無限」ということを信じているかどうかかもしれません。何をやるかをどれだけ考え続けられるのかだと思います。
posted by やまざきしんじ at 09:05| Comment(0) | 日記

2014年01月15日

たのしいちから


やりたくないことだけどやらないといけないことはいろいろある。
また、日頃やってるけどつまらないことってたくさんある。


この解決策として、可視化はいい手と最近よく思う。まず、既になくしてしまったけど、去年、FtiBitという万歩計は衝撃的だった。ただの万歩計で、パソコンと同期して毎日の歩いた歩数が出てるだけなんだけど、歩数が出ることで歩くことが楽しくなった。


ちょっと買い物があったときにでも「あ、コンビニに買いに行ってくるよー」と、歩数を稼ぐために、思わず歩きにいきたくなる。

これまでなら、アパートの階段を登り降りするのが面倒で、コンビニ行くのも面倒だったのに、歩数を稼ぐために、ちょっとしたことでもコンビニや外に行くのも楽しくなった。

実は1週間くらいで、FitBitを落としてしまったんだけど...ストラップをつけておいて、毎回ベルトループにつけておけばよかったと思ったのは後の祭り。




実は、先日、新しくドルツのジェットウォッシャーというのを買った。これが超秀逸。要は水で口の中を洗うフロスみたいなものを想像して欲しい。



上のリンクのカスタマーレビューの数と評価を見れば、おおよそわかると思うけど...


で、これがまた楽しい。

「歯磨きをしてから使う」のが標準的な使い方なようだけど、実は歯磨きの前にジェットウォッシャーするのが楽しい。シャーっと、口の中の細かい汚れが洗面所にいっぱい出てくる。まだ慣れてないから、洗面所がビタビタになるけど、そのビタビタになった洗面所に口の中のゴミが出てくる。

実は歯磨きをしても、このゴミの大半は流れると思うんだけど、歯ブラシと違って、ジェットウォッシャーの場合は、きちんと洗面所に散らばるのがポイント。見てて楽しい。


見てて楽しいとどうなるかというと、ともかく歯を磨きたくなる。洗面所に散らばったカスを見て、
「うわーっ、口の中綺麗になってるー」
と感激したいのだ。


よく考えると、このジェットウォッシャーもFitBitも同じだ。つまらないことでも、見えるようになるとそれだけで楽しくなってくる。

禅には「日常自体が修行」といった考え方があるが、こういった見えるようにしていくこととつながっているのかもしれない。


posted by やまざきしんじ at 06:54| Comment(0) | 日記

2014年01月01日

新年あけましておめでとうございます。

新年あけましておめでとうございます。昨年はいろいろな方にお世話になり、
また、多くの方と新しくお会いすることができました。

今年も、変わらずご縁いただけると有難いです _o_


新年なので、私自身の昨年の振り返りと、今年の目標をちらっと見てみます。

2013年振り返り

◎塾の仕事系

単著の本は未出版。原稿がぁぁぁぁ。

と言いつつ、共著の本はいつの間にか一冊出てた。

塾のお客さん数はほぼ目標クリア。合格も結構してくれた..かな?


◎その他の仕事系
雑誌の連載はじまった。結局、今は毎号5ページだ。あと、連載以外の記事も書いてみた。

初めて補助金申請を書いた。意外と大変だったけど、商工会議所の方に超お世話になって出来た。

楽しげなSE仕事中。これは先が楽しみ。


◎趣味系
ビリヤードを復活中(Aを名乗ってるけど実際はB上程度の腕)

読書会は無事丸5年を突破。目標の40年と1000冊の課題本までの1/8をクリア。
5年もやると読む本なくなっちゃうと思ってたけど、やればやるほど読みたい本が増える..



2014年

◎塾の仕事系

本の最後の校正がんばる。

新分野へ進出(って、僕はあんまり関係ないけど)


◎その他の仕事系

新プロジェクト開始(これは僕が頑張る)


◎趣味系

ビリヤードでA級に戻る。

もうちょっとプログラミングする。流体シミュレーションとか、そのまま放置してるし...
あと、コーパス系とRも少し触りたい..

少し忙しくなって放置してたので、また集まりをしよう..

posted by やまざきしんじ at 07:54| Comment(0) | 日記

2013年12月30日

自分カレンダー的なものを逆に考えてみた

年末恒例のFacebookでの変なアプリブームが起こってますが、今年は自分新聞というのが流行ってるみたいですね。

これを使うためには、omiaiとかいう出会い系(?)アプリにイイね!をしないといけないようです。


もちろん、Facebookに慣れている人は、右側の広告面に友人が「いいね!」をしていますという宣伝があっても無視することでしょう。

でも、慣れていない人は思わずクリックしまうかもしれません。


そんな訳で、この手のアプリを使う時には、すぐにイイね!を外す(アプリページを表示して、イイね!を取り消す)ということや、場合によっては自分のウォールへの書き込みの際に公開範囲を自分のみにして内容を確認してから公開範囲を変えるといったことが大事なはずです。


逆に考えると、Facebookをしている人は、omiaiのFacebookページを開いてイイね!をしている友人をチェックすることで、「ワキの甘い」人を見つけることが出来るはずです。

と、思って見てみました...


意外といっぱいいた...

SNS詳しそうな人も意外といた...


うーーーーん..orz

皆さんもお試しあれ!!

※間違ってイイね!しないように!
posted by やまざきしんじ at 07:42| Comment(0) | 日記

2013年12月25日

スープに浸された海苔を口に運んだ瞬間に、ブランドのあれこれが思い浮かんだ

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昨日、昼食を食べるため近所の人気のラーメン屋さんに入ったら、ラーメンに分厚い大きな海苔が、スープにつかってました。この海苔って必要なんでしょうか?

別に海苔をスープに浸しても、何か特別な香りなども感じませんし、それほど美味しいものとも思えません。では、何故ラーメンに海苔がのっているのでしょうか?


これは幸いにもというか、何故か不思議なことにというか、外食産業の中で唯一ラーメン屋だけがブランドというものを意識しているためじゃないでしょうか?普通、中小企業や店舗はブランドなんていうものは一切考慮しません。

一方、ラーメン屋さんはこれでもかというほどブランド臭を出しています。社長のプロフィール、俺語りが店の中にあり、さらに材料や製法へのこだわりなどが店の中を埋め尽くしてます。ラーメン自体も、革新というよりも保守的なもの、懐古主義的なものでうめつくされています。根性論をベースにしたもの、和テイストのもの。そして、海苔もかなり日本的な食材ですよね。

これらは全てブランドという言葉に集約されそうです。店でなく、しばしば店長や従業員の考え方、そして商品自体でなく、商品の背景のストーリーが語られています。


この手法は、有用なはずなのに、何故かラーメン屋と一部の居酒屋でしか行われていません。
(居酒屋よりラーメン屋さんの方が、材料の品目数が少なくて消費者にわかりやすいので、こだわりを書きやすいですね)

店長のプロフィールや人柄を出す、材料や製法へのこだわりをアピールする、店員の声かけなどで、店の雰囲気を作り出すといったことは、別にどの業態でもできるはずです。

また、ラーメン屋にしろ居酒屋にしろ、和テイストのアピールしかないのはもったいないです。いや、むしろラーメン屋と居酒屋には和テイストのアピールというテンプレートがあるので、それを真似ているだけの店が多いということでしょうか。和アピールでなくとも、店長のプロフィールや製法・材料へのこだわりアピールといったものは出来るはずです。

たしかに、ダサさがオシャレといったイメージが和テイストにはあり、その点がラーメン屋や居酒屋が出来ている理由でしょう。たしかに、パスタソースの薀蓄とオシャレ感を両立させるのは難しいかもしれません。しかし、(飲食店での)ブランドで大事なのは、自分と商品、そして店舗を一貫させ、そのストーリーを語ることです。


では、どうやってこのようなストーリーを作るんでしょうか?

容易な方法としては、ストーリーとしてある要素を全て書き出して、そのうちの5つくらいの要素から1つのストーリーを作ってみて、その後で、再度、他の要素を組み合わせられるようにストーリーを修正していくというものです。このストーリーを何度も修正しながら、要素を増やしていくというのがオススメです。ただし、このようなブラッシュアップしていく方法は、最初に思いついたストーリーに影響をうけやすいので、こういったストーリー作成をゼロから何度かやって、しっくり来るストーリーを作らなければなりません。


ストーリーの具体的な作り方も大事なポイントですが、飲食店の多くまたそれ以外にもサービス提供者はブランドというものを再考してみるべきではないでしょうか?

そんなことを海苔を食べながら、ラーメン屋にあったこれでもかといったばかりの自己主張を見ながら考えました。ラーメン屋にはいろいろなヒントが隠されていますから。
posted by やまざきしんじ at 10:05| Comment(0) | 日記

2013年11月18日

若いころの読書が人生を変える7つの理由


私達は多くのことを「読書」から学ぶことができます。一冊の本との出会いが、後の人生を大きく変えることもあります。

そんな私達が、「若いころに読書をしておくべき7つの理由」について考えてみましょう。


1.読書は世界を身近なものにしてくれる。

多くの人は半径10kmの世界に縛られているかもしれません。家庭、職場、学校、身の回りの友人からの情報に縛られてしまいます。読書はそんなあなたの視野を広げるのに最適です。サバンナの野生動物の生態から、恐竜の化石や、宇宙のはじまりまで、読書は様々なことを教えてくれます。


2.読書は他人とのコミュニケーションを教えてくれる。

人種、文化、宗教、言葉、多くの人は自分の枠の中に縛られています。読書をすることで、多用な価値観に触れることができます。単なる表面的なふれあいでなく、読書では深い部分まで著者の考えを知ることができ、それが人間としての奥行きを与え、多様性への敬意を育てます。


3.読書は謙虚にさせてくれる。

読書は世界が自分を中心に回っていないこと、自分がちっぽけなことを気づかせてくれます。若さゆえのプライドや自意識の高さを、読書は打ち砕いてくれます。多くの分野での様々な天才・異才の書を読むことは、知識を得るだけでなく、謙虚な気持ちで学ぶことの大切さを教えてくれます。


4.読書は挑戦をする力をくれる。

小説に限らず、ノンフィクションでも多くの人が様々な挑戦を行っています。読書で、それらを追体験することにより、実際に新しいことや大きなことへ挑戦する意欲を与えてくれます。


5.読書は世界の苦しみを共感させてくれる。

途上国について書かれたものを読むと、想像以上に「貧困・格差」が拡大していることに気づくはずです。紛争はあらゆる場所で起こり、悲惨な状況が生まれています。実際には危険すぎて行くことができない場所でも、読書ではそこからの生の情報を得ることが出来ます。


6.読書は勉強する意欲を与えてくれる。

学生時代あれほど嫌いだった勉強も、読書を通じて自然と「もっと知りたい」と思ったことがある人も多いはずです。読書は、それ自身が知識を得ることでもありながら、さらに多くのことを学ぼうというモチベーションの源泉でもあるのです。


7.未来は誰にも保証されていない

中には、仕事が落ち着いたり、年を取ってからゆっくりと読書を楽しみたいと思っている人もいるはずです。しかし、本当にその時にゆっくり読書できるという保証は誰にもありません。また、読書は、人格形成の助けにもなります。若いころの読書は、いつまでもあなたの中に残り続け、大きな影響を与えてくれるのです。


でも、読書の習慣なんてないし、と嘆く人もいるかもしれません。しかし、アメリカにはこんな言葉があります。

「今日という日は、残りの人生で最初の日である」




この記事は”若い頃の旅が人生を変えるかもしれない7つの理由”のパロディです。

posted by やまざきしんじ at 15:05| Comment(0) | 日記

2013年11月17日

ハイパー消費者によるライブ 〜デンパヘモットを行ってみた!

友人の知人が主催者ということで(遠い?)昨日は、安城のデンパークで行われたデンパヘモットに行ってきました。


夜の野外ライブということでかなり寒かったです。マフラー+コート+タイツでも寒いくらい...幸い風邪は引きませんでしたが...


ちなみに、参加して思ったのは、もはやライブはアーティストが作るのではないということ。これはいろいろな分野で言われていることですが、以前は”歌手の歌”というコンテンツが主体だったのが、客サイドの消費が主体に変わってきたということです。

コンテンツ主体→コンテクスト主体へ価値が移ってきたというのはライブに限らず様々な分野で行われてきています。ビジネス書は、もはや内容よりも著者の肩書だけで売っています(そうでない上質なものも少しだけありますが..)商品を売る時も「良い物を作れば売れる」という考え方はもはや過去のもので、「売れる物が良い物」です。マーケティングといわれるものも発信者主導のものから、口コミやソーシャルメディアを主戦場に移しつつあり。ブログは、内容よりも煽りのタイトル勝負になったりしています。


さて、前振りだけで終わってしまうといけないので、昨日の感想に移りますが...


ともかく良かった!素晴らしい!!


デンパークのかなり広い会場の割に参加者はおそらく300人くらい。ちょっと寂しい感じでした....が、始まってしばらくするとちっともそんなことはありませんでした。100人くらいでヲタ芸をする人たち(かなり壮観)、そしてなんかライトを持ってグルグル走ってる人たち(よく分からんが凄い)

「絶対、この曲知らないでしょ...」といった曲でもみんなでぴょんぴょん飛んだり、みんな走ったり。特にUltraPrismは抜群にノセるのが上手いので、みんな楽しそうでした。

「ライブは歌関係ないんだな〜」というのは前から思ってましたが、昨日のイベントに関してはさらに「歌ってる人も関係ないんじゃないか」と強く思いました。ライブを聞いていると、他人のカバーで固有名詞間違ってるところもありましたが、そんなのちっとも関係なく参加者のほとんどは楽しんでいました。

「別に誰が出てきても勝手に楽しんでますから」という上級者の参加者が多かったのもあり、もしくはその参加者内に共有されているヲタ芸というコードがあったこともあります。

そのために提供されたコンテンツ以上のライブになっていたんじゃないかと思います。もはやポスト・ポストモダン構造(w 


しかし、一方でそういったハイパー消費者によるライブでの限界も感じました。きっとこういった上級者限定のライブだと、主催者的に見ると大した人数を動員できないでしょう。(別に昨日のライブが上級者限定というわけではありませんが、消費のされ方は完全に上級者によるものだったと思います)

プロレスファンが興味のない団体の試合を楽しめないのと同様に、こういった消費者はニッチ化されてすぎていくので、コンテンツ→消費者に主体が移るのと同時に、どんどんとニッチ化されて分断されていき、動員数は稼げないので商業的な旨味は減っていくんだろうな〜、なんてことを思いました。

ともかく、ライブも面白かったのですが、ライブではしゃぐ観客を見るという貴重な体験が出来ただけでも良かったです。次回はぼくもライトを持って一緒にヲタ芸しよう!:->
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2013年10月11日

似ているようで全然違うライフハッカーと自己啓発のあいだ

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ライフハッカーと自己啓発の思想は一見似ているようで、全然違います。
僕はライフハッカー的な考え方は好きなんですが、自己啓発には違和感を感じます。

実は、この違いは500年近く前からあった断絶なのかもしれません。

ご存知のようにライフハッカーというのは日常の全てを改善していく、簡便にしていくという思想です。冷蔵庫にゴミを捨てる曜日が貼ってあったり、玄関に「ガスの元栓、携帯電話、財布」と書いた紙が貼ってあったりする人もいるのではないでしょうか?

これを推し進めると、スケジュール管理をGoogleカレンダーで行って仕事や家族もGoogleカレンダーでスケジュールを同期したり、Todoリストを共有したりしはじめます。知人でも、玄関にスポーツクラブに行くセットを一式置いてる人がいますが、これもすぐにスポーツクラブに行けるためのコツでしょうか。このような日常のちょっとした工夫を積み重ねていくというのがライフハッカーの思想です。


一方で、自己啓発は、いろいろな考え方がありますが、根本的な思想としては、「人の能力はそのままでいい」というものです。「あなたには隠された力がある」、「信じれば叶う」という思想が自己啓発の基本になります。

こう見ると「あれ?今のままでいいの?全然、啓発=向上じゃないじゃん」というツッコミが待っていそうですが、自己啓発とはスキルの向上というよりも精神的な向上を指しています。精神レベルの向上が自己啓発のポイントなんです。
そのため、スキルの向上といったものは、自己啓発の対象外です。むしろ、「そのままでいい、あとは気持ちとか精神的なもの」といった精神の高揚のみを持ち上げます。


この2つは、実はプロテスタンティズムの精神と言われる自己修養(精神的なものに限らず世俗的なものに対するものも)といった見方と、世俗的なものに背を向けるカトリシズムにぴったり一致します。そもそも、自己啓発は、アメリカから輸入されたもので、その自己啓発とは自己啓発セミナーから来て、それがニューエイジ思想を源流としています。
そして、ニューエイジ思想は「過度に物質的なものに進んでいく」ことに対するカソリシズムの反動から来ているのです。ここまで来ると、実は、この断絶はプロテスタントとカトリックの断絶という500年近く前からあることが分かるでしょう。

少し脇道にそれてきました。

ライフハック→人間は向上できるとする人間中心的な思想
自己啓発→人間は神によって作られた。精神的な向上によってその力を使えるようになるという思想

といった区分けでしょうか。

ちなみに自己啓発には、20世紀初頭からの思想のブームである「答えは人それぞれ」という思想も含んでいます。これは「そのままでいいんだよ」と同様にとても耳障りのいい言葉なので信じたくなってしまいます。自己啓発はもともとはセミナー屋の商売がベースになっているので、相手が望むようなことを多く語るというのは当たり前かもしれませんね。


(Flickrのrickzさんの写真を使用しました)
posted by やまざきしんじ at 07:31| Comment(0) | 日記