2012年06月06日

カタルシスの罠


僕がやってる二会という読書会があります。かなり長らくやってますが、意外と人が増えません。まぁ、元々は宣伝もせずひっそりとやってきましたが。最近は少しだけ人を増やそうと思ってます。しかし、なかなか増えない。

これについてある人からの指摘。

二会では、多くの参加者がカタルシスを得られない

多くの読書会では参加者それぞれに「自分が主役になれる時間」が与えられます。しかし、うちの読書会ではあまりそのような時間がないです。もちろん、課題本やその周辺知識がいろいろと詳しい人は勝手に自分で輝くことができますが、そうでない人にはあまり輝けないです。

これは「本そのもの」をターゲットにしている読書会なので、みんなの感想自体を大きくフィーチャーしているわけではないです。このあたりは文学作品を対象としたものとの違いです。文学の場合はそれぞれの人の解釈があり、感想を持つことができます。一方、うちの読書会では、それぞれの解釈をそれほど大きくフィーチャーしません。

また、そもそもかなり背伸びをしないと読めない本を課題本にすることが多いので、解釈といったところまで踏み込んで話すことが難しいことも多いです。また、抽象度が非常に高い本も多いので、本を通じて「自分語り」をすることもほとんど出来ません。

その結果、「自分が主役になる」ことが難しいのです。



ちなみに、これまで年に1回くらいのペースで行ったりした、DHBRを読む会も同じじゃないかな、と思いました...僕が行おうとする会は、かなりコンテンツ重視(参加者よりも本重視)ということだからでしょうか。


先日書いた読書会のコンテンツ志向とコンテクスト志向のはなしと近いですが、コンテンツ志向には、カタルシスの罠があるということで

posted by やまざきしんじ at 07:15| Comment(0) | 日記
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