2013年11月18日

若いころの読書が人生を変える7つの理由


私達は多くのことを「読書」から学ぶことができます。一冊の本との出会いが、後の人生を大きく変えることもあります。

そんな私達が、「若いころに読書をしておくべき7つの理由」について考えてみましょう。


1.読書は世界を身近なものにしてくれる。

多くの人は半径10kmの世界に縛られているかもしれません。家庭、職場、学校、身の回りの友人からの情報に縛られてしまいます。読書はそんなあなたの視野を広げるのに最適です。サバンナの野生動物の生態から、恐竜の化石や、宇宙のはじまりまで、読書は様々なことを教えてくれます。


2.読書は他人とのコミュニケーションを教えてくれる。

人種、文化、宗教、言葉、多くの人は自分の枠の中に縛られています。読書をすることで、多用な価値観に触れることができます。単なる表面的なふれあいでなく、読書では深い部分まで著者の考えを知ることができ、それが人間としての奥行きを与え、多様性への敬意を育てます。


3.読書は謙虚にさせてくれる。

読書は世界が自分を中心に回っていないこと、自分がちっぽけなことを気づかせてくれます。若さゆえのプライドや自意識の高さを、読書は打ち砕いてくれます。多くの分野での様々な天才・異才の書を読むことは、知識を得るだけでなく、謙虚な気持ちで学ぶことの大切さを教えてくれます。


4.読書は挑戦をする力をくれる。

小説に限らず、ノンフィクションでも多くの人が様々な挑戦を行っています。読書で、それらを追体験することにより、実際に新しいことや大きなことへ挑戦する意欲を与えてくれます。


5.読書は世界の苦しみを共感させてくれる。

途上国について書かれたものを読むと、想像以上に「貧困・格差」が拡大していることに気づくはずです。紛争はあらゆる場所で起こり、悲惨な状況が生まれています。実際には危険すぎて行くことができない場所でも、読書ではそこからの生の情報を得ることが出来ます。


6.読書は勉強する意欲を与えてくれる。

学生時代あれほど嫌いだった勉強も、読書を通じて自然と「もっと知りたい」と思ったことがある人も多いはずです。読書は、それ自身が知識を得ることでもありながら、さらに多くのことを学ぼうというモチベーションの源泉でもあるのです。


7.未来は誰にも保証されていない

中には、仕事が落ち着いたり、年を取ってからゆっくりと読書を楽しみたいと思っている人もいるはずです。しかし、本当にその時にゆっくり読書できるという保証は誰にもありません。また、読書は、人格形成の助けにもなります。若いころの読書は、いつまでもあなたの中に残り続け、大きな影響を与えてくれるのです。


でも、読書の習慣なんてないし、と嘆く人もいるかもしれません。しかし、アメリカにはこんな言葉があります。

「今日という日は、残りの人生で最初の日である」




この記事は”若い頃の旅が人生を変えるかもしれない7つの理由”のパロディです。

posted by やまざきしんじ at 15:05| Comment(0) | 日記

2013年11月17日

ハイパー消費者によるライブ 〜デンパヘモットを行ってみた!

友人の知人が主催者ということで(遠い?)昨日は、安城のデンパークで行われたデンパヘモットに行ってきました。


夜の野外ライブということでかなり寒かったです。マフラー+コート+タイツでも寒いくらい...幸い風邪は引きませんでしたが...


ちなみに、参加して思ったのは、もはやライブはアーティストが作るのではないということ。これはいろいろな分野で言われていることですが、以前は”歌手の歌”というコンテンツが主体だったのが、客サイドの消費が主体に変わってきたということです。

コンテンツ主体→コンテクスト主体へ価値が移ってきたというのはライブに限らず様々な分野で行われてきています。ビジネス書は、もはや内容よりも著者の肩書だけで売っています(そうでない上質なものも少しだけありますが..)商品を売る時も「良い物を作れば売れる」という考え方はもはや過去のもので、「売れる物が良い物」です。マーケティングといわれるものも発信者主導のものから、口コミやソーシャルメディアを主戦場に移しつつあり。ブログは、内容よりも煽りのタイトル勝負になったりしています。


さて、前振りだけで終わってしまうといけないので、昨日の感想に移りますが...


ともかく良かった!素晴らしい!!


デンパークのかなり広い会場の割に参加者はおそらく300人くらい。ちょっと寂しい感じでした....が、始まってしばらくするとちっともそんなことはありませんでした。100人くらいでヲタ芸をする人たち(かなり壮観)、そしてなんかライトを持ってグルグル走ってる人たち(よく分からんが凄い)

「絶対、この曲知らないでしょ...」といった曲でもみんなでぴょんぴょん飛んだり、みんな走ったり。特にUltraPrismは抜群にノセるのが上手いので、みんな楽しそうでした。

「ライブは歌関係ないんだな〜」というのは前から思ってましたが、昨日のイベントに関してはさらに「歌ってる人も関係ないんじゃないか」と強く思いました。ライブを聞いていると、他人のカバーで固有名詞間違ってるところもありましたが、そんなのちっとも関係なく参加者のほとんどは楽しんでいました。

「別に誰が出てきても勝手に楽しんでますから」という上級者の参加者が多かったのもあり、もしくはその参加者内に共有されているヲタ芸というコードがあったこともあります。

そのために提供されたコンテンツ以上のライブになっていたんじゃないかと思います。もはやポスト・ポストモダン構造(w 


しかし、一方でそういったハイパー消費者によるライブでの限界も感じました。きっとこういった上級者限定のライブだと、主催者的に見ると大した人数を動員できないでしょう。(別に昨日のライブが上級者限定というわけではありませんが、消費のされ方は完全に上級者によるものだったと思います)

プロレスファンが興味のない団体の試合を楽しめないのと同様に、こういった消費者はニッチ化されてすぎていくので、コンテンツ→消費者に主体が移るのと同時に、どんどんとニッチ化されて分断されていき、動員数は稼げないので商業的な旨味は減っていくんだろうな〜、なんてことを思いました。

ともかく、ライブも面白かったのですが、ライブではしゃぐ観客を見るという貴重な体験が出来ただけでも良かったです。次回はぼくもライトを持って一緒にヲタ芸しよう!:->
posted by やまざきしんじ at 10:17| Comment(0) | 日記