2013年10月11日

似ているようで全然違うライフハッカーと自己啓発のあいだ

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ライフハッカーと自己啓発の思想は一見似ているようで、全然違います。
僕はライフハッカー的な考え方は好きなんですが、自己啓発には違和感を感じます。

実は、この違いは500年近く前からあった断絶なのかもしれません。

ご存知のようにライフハッカーというのは日常の全てを改善していく、簡便にしていくという思想です。冷蔵庫にゴミを捨てる曜日が貼ってあったり、玄関に「ガスの元栓、携帯電話、財布」と書いた紙が貼ってあったりする人もいるのではないでしょうか?

これを推し進めると、スケジュール管理をGoogleカレンダーで行って仕事や家族もGoogleカレンダーでスケジュールを同期したり、Todoリストを共有したりしはじめます。知人でも、玄関にスポーツクラブに行くセットを一式置いてる人がいますが、これもすぐにスポーツクラブに行けるためのコツでしょうか。このような日常のちょっとした工夫を積み重ねていくというのがライフハッカーの思想です。


一方で、自己啓発は、いろいろな考え方がありますが、根本的な思想としては、「人の能力はそのままでいい」というものです。「あなたには隠された力がある」、「信じれば叶う」という思想が自己啓発の基本になります。

こう見ると「あれ?今のままでいいの?全然、啓発=向上じゃないじゃん」というツッコミが待っていそうですが、自己啓発とはスキルの向上というよりも精神的な向上を指しています。精神レベルの向上が自己啓発のポイントなんです。
そのため、スキルの向上といったものは、自己啓発の対象外です。むしろ、「そのままでいい、あとは気持ちとか精神的なもの」といった精神の高揚のみを持ち上げます。


この2つは、実はプロテスタンティズムの精神と言われる自己修養(精神的なものに限らず世俗的なものに対するものも)といった見方と、世俗的なものに背を向けるカトリシズムにぴったり一致します。そもそも、自己啓発は、アメリカから輸入されたもので、その自己啓発とは自己啓発セミナーから来て、それがニューエイジ思想を源流としています。
そして、ニューエイジ思想は「過度に物質的なものに進んでいく」ことに対するカソリシズムの反動から来ているのです。ここまで来ると、実は、この断絶はプロテスタントとカトリックの断絶という500年近く前からあることが分かるでしょう。

少し脇道にそれてきました。

ライフハック→人間は向上できるとする人間中心的な思想
自己啓発→人間は神によって作られた。精神的な向上によってその力を使えるようになるという思想

といった区分けでしょうか。

ちなみに自己啓発には、20世紀初頭からの思想のブームである「答えは人それぞれ」という思想も含んでいます。これは「そのままでいいんだよ」と同様にとても耳障りのいい言葉なので信じたくなってしまいます。自己啓発はもともとはセミナー屋の商売がベースになっているので、相手が望むようなことを多く語るというのは当たり前かもしれませんね。


(Flickrのrickzさんの写真を使用しました)
posted by やまざきしんじ at 07:31| Comment(0) | 日記