2019年06月06日

趣味起業のレポート

みんなだいすき(?)趣味起業のレポートです。

趣味起業というと、「昔から「お花」を習ってきたし、プリザーブドフラワーの先生になろう」とか、昔服飾系の小売店にいたから、「ファッションアドバイザーになろう」みたいな主婦のゆるふわ起業をイメージします。

「え?カラーセラピー?、いいね、いいね!!起業しちゃいなよ!」みたいなノリですよねー。

というわけでレポートはこちら


ただ、このレポートは「趣味レベルの」起業ではなく、「趣味や特技を生かした」起業を対象にしてます。あー、プリザーブドフラワーは入りますね。料理が上手ってみんなに褒められるから、「ホームパティーしながら料理を教えちゃお」みたいなのも入っちゃいますね。

ちなみにこのレポートでは、純利益は39.5万円/月(趣味起業じゃないのは52.3万円)らしいです。おー、意外とありますねー。

わたしのイメージしてるゆるふわ起業は10万円/月ってイメージでした。


ちなみに趣味起業家とその他の起業家の総合的な満足度は同じくらい、仕事のやりがいは趣味起業家の方が結構高めとなっています。

ほぇー。



このレポート見ていると、わたしのイメージしてたゆるふわ起業よりももう少しガチだなー、と思ってました。nは100以上あるので、データの少なさでなくて、母集団がわたしが見ているのと違うのでしょうか?

と思ったら、このレポートは日本政策金融公庫の新規開業に関する調査の分析なんですね。そして、母集団は日本政策金融公庫の融資を受けた人ってことですね。なるほどー。世の中のゆるふわ起業の人よりは2回りくらいガチな人たちですね^^;;
posted by やまざきしんじ at 16:49| Comment(0) | 日記

2019年05月06日

スクラッチ

うちの子供がRPGツクールが欲しいというのですが、GWの頭にゲームを買ったばかりというのもあり、「steamで75%オフだったよなー」と思いつつも、買うのを拒否しました。

代わりにスクラッチ(Scratch)の紹介と、ユーザ作成。なお、スクラッチというのは有名な子供向けのプログラミングツールです。

ここまで準備したら勝手にYoutubeで見ながら、なんか作ってます。あ、少しだけホームページも見てます。

子供すごーい。



最初だけ、メインループに入れておくということを教えて(そうしないと、あっという間にプログラム終わっちゃう)、変数というものを教えましたが。このあたりも触りだけ。

どこまでわかっていうのかどうかわかりませんが、動画などを見ながらゲームを作ったりしてます。最近は、アニメーション用のドット絵などもフリー素材があるので、それを使いながらそれっぽくできますね^^;;;小学4年生でも大丈夫そう。


もうちょっとわかってきたら、変数や制御構造といったことを教えようと思っていますが、まずは使ってみるというのが大事ですよね。ぱぱっと調べるとリスト構造とかもあるようですし、当然オブジェクト制御とかもできそうなのですが、このあたりはいつ教えようかな、といった感じです。

また、キャラクターがジャンプするといったあたりの地面の判定もキャラクターのスプライトの足の部分が地面の色に接しているかといった感じでやってるので、実際にはキャラの高さを変数に入れたほうがいいんじゃないか、とかいろいろと思うところもありますが、あまり親が介入するよりも、ほっといてたまに「うごかねー」といってる時にアドバイスするくらいでいいんじゃないか、と。

自分で作ったゲームができていくし、意外と簡単にゲームっぽいものが作れるのでスクラッチオススメです。はるみのゲームプログラミングくらいのゲームがじゃんじゃん生産されてます(といっても、基本的にYoutubeのプログラム講座のやつをちょっと修正している感じですが)
posted by やまざきしんじ at 21:24| Comment(0) | こども

テツガク学

先日、とある哲学カフェに参加しました。哲学カフェに参加したのは3回目です。こういったところに参加していると、従来の哲学の知識をを、「哲学」でなくて、「テツガク学」などのように呼んで、「自分の頭で考える真の哲学でなくて、従来の哲学の歴史」のように矮小化して貶める人がいたりします。

たしかに「自分の頭で考える」ことは大事だと思うですが...

わたし自身は「自分の頭で考えるのが苦手」ということもあるので、自分の頭で考えられる人は尊敬したいのですが、なかなか「自分の頭で考える」ことができて、かつ、「ちゃんと考える」ことができる人っていませんね。

「自分の頭で」考えているんだろうけど、たいして考えてないよね、っていう経験談とか、どこかで聞いてきた雰囲気の良いオルタナティブな価値観と言葉(たとえば「グローバル社会が人間性を失わせる」とか)で社会を批評した気持ちになってる人を横目で眺めながら、なんだかなー、と思ってます。

ちなみに「哲学」したいならば、まずは自分の思考スタイルやその癖を見つめ直すってことが大事なんだと思ってますが。

まぁ、この癖を見つめるのも難しいし、その癖を修正するのが至難ですよね...
posted by やまざきしんじ at 21:07| Comment(0) | 日記

2018年05月26日

人生初の哲学カフェに参加


人生初の「哲学カフェ」というのに参加してきました。

テーマは「読書」ということで、ショーペンハウエルの「読書について」の引用があり、副読本風にほのめかされておりました。

ちなみにこれまでショーペンハウエルの「読書について」をテーマにした読書会は2回か3回参加したことがあると思いますが、ガチ読書好き(というか哲学好き?)にはこの本は意外と評判が悪い印象があります。

いや、思いつき書いてるだけなので^^;;議論というレベルに達していないし、思考も深いわけではないという話ですが^^;;


ところで昨日の哲学カフェでも「読書について」の話もわずかに出ていました。今はショーペンハウエルの時代よりも本が圧倒的に多いのでさらに状況が違うという話題が少し出ていましたが、実はショーペンハウエルの時代も現代と同様に圧倒的に出版数が増えてきて読みきれないほどの駄作があったという点では同じだったんだと思いますが、そういった歴史的な話はありませんでした^^;;


ちなみに参加者は8人か9人で、平均年齢は40中くらいでしょうか。うちの読書会と同じくらいで、やりやすい感じです^^;;


会は初参加者が二人(うち一人はわたし)だったので、最初に哲学カフェの概要の話があって、そこから自己紹介とかもなしで本題に入りました。

実はこれは新鮮。これまで仕事やら遊びやらで様々なグループワークとかをやってきましたが、名前を名乗らないで始めるというのは初めて。ちなみに帰りに参加者の方と話すと、そういうのも哲学カフェではあるとのこと。へー。


ちなみに内容は読書のアレコレについてですが、話は基本的にどんどんと発散していきます。特に科学論あたりについては、社会学系の科学哲学を好きな方と、理系の方で噛み合わないというのがありました。よくある展開ですね^^;;あまり科学論に興味がなさそうな方もいたのですが、全く噛み合わなってないのを横目で眺めてました^^;;

科学論については難しいですよね。たぶん、科学サイドの人が相対論に対する基本的な対応を覚えておけばいいんだと思いますが、それをしないと「なんでもアリ」だか「なんにもナシ」だかにされがちな印象があります:-<

それ以外には、「どこまでが読書か?」というヤツ。いわゆる「マンガは読書に含まれますか?」

哲学カフェは別に議論を深めるということを目的としていないので(いや、してるかもしれないけど、実際には多人数で行なうし、バックグランドも様々な人なので、そこまで行ききらないと思ってます)、いろんな意見を聞いて楽しむ感じでしょうか。

ちなみに読書について、つまみ食い的なもの(インターネットの記事を見るとか)vs読書的なもの、という対立(に見える)は面白かったです。つまみ食い的なものは、深まらないみたいな意見がありましたが、このあたりはわたしと意見が反対で面白かったです。

また、同様にいろいろなものを読むかどうか議論。自分の興味のないものも読む、という方がいてなかなかその意見が興味深かったです。たしかに時間がある時はそういうことをするのもありだと思いますが(わたしのコンピュータの師匠的な人は、高校・大学時代に図書館でタイトルもなんも気にせず分厚い本を借りてきて読むなんてことをしてた)、それって大人になってからは厳しいですもんね。


ただ、興味のないものを読むことで「ふと気づく」とか「ひらめく」というのがある、と。このあたりは、もっと議論をすると楽しい展開がありそうですが、議論をするためには議論に足るベースを互いに調べてきてからじゃないかな、とわたしは思っていて。このあたりが「自分の頭で考える派」対「自分の頭で考えない派」の対立なのかもしれません(わたしは、「自分の頭で考えない派」)

会は2時間予定だったのを若干オーバーして終わりましたが、なかなかおもしろかったです。

といっても、様々なバックグランドの人ですし、微妙なモヤモヤ感(どこまで話を突っ込んでいいのか分からない)というのがありました。もしかすると人数が多すぎたので、やはりもうちょっと絞ったほうがよかったのかな。読書会では4,5人がベストだと思ってますが、哲学カフェもやはりそういうのがあるのかも(ちなみにTRPGもプレイヤーは5人くらいがベストだと思うので、会話を主体にした場合の満足しやすい人数というのがあるのかも)

posted by やまざきしんじ at 16:27| Comment(0) | 日記

2018年05月09日

文系と理系

文系と理系というのは、一般的には数学が苦手かどうか程度と考えられていますが、わたしは「客観的事実」をどこまで重視するかだと思っています。

例えばある実験があったときに、その実験結果を重視するのが理系、実験の結果は「主観」にすぎないし結果の事実を重視しないのが文系だと思っています。(ここでいう文系は悪い文系かもしれませんが)

この文系的な思考だと、事実かどうかは客観ではないので、重視すべきは「誰が言ったか」になりがちです。「誰が言ったか」でなく、「何を言ったか」を重視するのが理系でしょうか。

ちなみに、これは文系理系関係ありませんが、実は文系的な思想の人にはしばしば「絶対」思考というのがあると思ってます。確率概念がないというべきでしょうか。いや、文系、理系じゃないのかな、これ。

まー、それはともかく最近「ティール組織」という本を最近読みました。これは、ケン・ウィルバー(←わたしの圧倒的に苦手なスピリチュアル系の人)のインテグラル理論を元に、組織を語るというヤツです。ピーター・センゲみたいな。(ちなみにわたしはピーター・センゲも圧倒的に苦手、本を投げそうになる)

このティール組織という本は、人間の意識の発達段階(進化という言葉も使ってたかも)によって、組織形態も変わり、これからの組織はティール組織だ、みたいなことを言っている本です。ただ、この組織の発達段階のフレームワークを語るには、その筋道が貧弱。「ケン・ウィルバーの理論を応用してみました」程度の理由で、あとはその理論に合った事例がいくつか述べられているだけ。いくつかっていっても、実際に主なものは2つくらい。

おいおい、たった2つの事例で(歴史的なものを含んだ)組織の発達段階を全部語っちゃうのかよ、酷いな、というのが私の最初の感想でした。(読書会に参加するために読んだもので、そうでなければギブアップしてたかも)

ただ、途中で少し考え直して、その本からポジティブな所だけを取り出して読もうとしてみました。つまり、この本(に限らないけど)は、そのフレームワーク(理論)を知るということが大事で、そのフレームワークが事実であるかどうかとかは大事じゃないということなんですよね。「あー、こういう見方もあるよね」ということがあれば、それでいい、と。

わたしは「こういう見方」というのがあった時には、そのふさわしさとか、その見方による何かを予測できることとかが大事なんだと思ってましたが、そうでない人も多いってことですよね。つまりそう考えると、最初の理系・文系の違いとして、「理論があった時に、理論の予測力を重視するか」が理系と文系の分かれ目にあるのかもしれません。

理論には、未知の問題を予測できるか?それとも、理論はある物事を説明できるか?

前者が理系的、後者が文系的と捉えることもできるんじゃないか、とふと思いました。

長いな...単なる自分のメモだからいいか。
posted by やまざきしんじ at 22:52| Comment(0) | 日記

2017年11月24日

専門家じゃない人がセミナーで突っ込んだ話

先日、とある人とセミナーで「**士」(←何かは内緒)が法律の話をすると、ひどくて聞いてられないことがある、と。


たしかにわたしも素人の人がセミナーでコンピュータの話(特にAIとか)や心理学の話をしているのを聞いていて、「あー、だめだー」となることはあります。

二次会で話すならいいんですが、セミナーのコンテンツとしては微妙。いつの時代の話だよー、というのはいろいろな分野であります。以前、教育学の教授(まじで?)という人の話を聞いて、「お前が大学時代ならそう言われてたけど、とっくの昔に否定されてる不勉強すぎだろ!!」とキレたことを思い出しました^^;;


知人と話していたときには6割くらいが「すげー」と思って、2割くらいが「えー?」、2割くらいが「デタラメすぎだ..」というようなセミナーが結構あるそうです。もちろん、自分がよく知ってるネタならいいんですけど(といっても、隣接領域とかの場合はそうでないかどうか本人にはわからないという)



この話のポイントは続きにあって、ポイントはその結構デタラメが入っていても信じる6割を上手く洗い出せるということです。その分野に詳しい人なんて客になりませんからね。

続ヤバイ経済学だか、その続編だかで読んだ本にあった何故、銀行が凍結されるのはナイジェリアなのか問題(答えは、いつものそれでさえひっかかるバカをあぶり出すため)というのと同じ構造ってことですよね。

「自己啓発に2000万円かけた」と聞いた時に「バカすぎ」と思う人はセミナーに来ないほうがいいですもんね。

posted by やまざきしんじ at 10:25| Comment(0) | 日記

2017年03月13日

夢と魔法と資本主義の国

先日、人生初めてディズニーランドに行ってきました。まぁ、思ってたくらいな感じでした。ただ寒かった~ ><)

ちなみにディズニーに入っていて思うのはキャスト(と呼ぶんですよね?)の人が若い!!大学生くらいのアルバイトが園を運営している感じです。もしかすると大学生よりちょい上の人もいるかもしれない。まぁ、お客さんも若い人がメインだからいいかな?フレンドリーな感じもしますしね!

ってことはですよ。この魔法ランドは莫大な土地という土地資本の投入が最大のポイントにはなっていながらも、さらに加えて労働資本的な産業ってことですよね?ブランドに加えて、大都市近郊の莫大な土地を抑えるということで持続的戦略優位を作るってことは分かってましたが、その本質は安い労働力で利益を稼いでいくモデルでしょうか?

逆に見ていると、お昼ごはんを売ってる売店なんかもキビキビ働いているように見えるけど非効率。行列できすぎ..><) ここの人は一生懸命働いているから文句はつけられない感じだけど、明らかに効率的なシステムになってません。っていうか、よくよく見ると園全体がそういうシステムだし!!

最初はスタッフ(あれ?キャスト?)が非正規労働者ばかりなので、改善するインセンティブがないためかな、と思ってました。かといって、改善するために正規雇用を増やすと、超高収益という夢と魔法(←投資家にとってですよ!)が醒めてしまうからと思ってました。

でもよく考えると違いますよね?結局、ここのビジネスモデルは「お金を払って入園してもらう」ことであって、個々のイベントやアトラクションでお金を払ってもらう訳じゃないので、「仕方ないなー」と並んでいてもらわないとアトラクション数が圧倒的に少ないわけですよね?

製造業的な視点で、待ち行列を減らすように最適化してしまうと、行列に並んでいない人たちに対しては別の新しいアトラクションをあてがわないといけません、ってことはコスト。つまり、「ディズニーランドは並ぶよ〜」なんてアドバイスをもらっていたんですが、むしろディズニーランドは「お客さんに並ばせるのがビジネス」ってことですよね。

もし、55分並んで、5分乗り物に乗る、ってなら乗り物が1000人分あれば、それで12000人分がさばけるわけです。もし25分並んで5分乗るな6000人分しかさばけない。

だからパレードのためにお客さんに座ってみていてもらう(新しいアトラクション作らなくていい!!)のも、食事のために並んでいてもらおうのも(ディズニーの食事は混むから並ばないといけない、と思ってくれているお客さんを並ばせておこう!)、全部ディズニーのビジネスな訳です。

いやー、こうして夢と魔法の国(投資家にとっての)がデキているんだなー、と堪能したわけです。

え?ディズニーのホスピタリティの魔法???あー、そんな本買ってる人たちもいたみたいですね。どんな本か知りませんが、非本質:->スタッフは一生懸命やってる感じでお客さんに突っ込まれないが、システム全体で非効率を作り込んであるわけです。ビバ、非正規雇用:0
posted by やまざきしんじ at 09:24| Comment(0) | 日記

2016年03月07日

文系と理系

いろいろな人に語ってますが、文系と理系という考え方がありますよねー。もちろん、こんな綺麗な区分けの意味はないと思ってます。

一般的には「数学や算数が得意かどうか」とか、「大学受験の受験科目」程度のことを語っているようです。

別の見方だと「小説を読むかどうか」や「情緒豊か」なのが文系で、「数学が得意」で「論理的思考が得意」なのが理系といった感じでしょうか。

もちろん、文系でも数学が得意な人もいます。うちの兄貴は某大学の文学部卒ですが、「偏微分くらいは解けるよ」と言ってましたし(←わたしは少しびっくりした)、わたしは工学部卒ですが小説や文系に区分けされる本を普通の人より3倍くらい読んでると思います。


さて、ここから本題ですが、一方で「文系」的な人に違和感を感じることがたまにあります。

どういうことかというと、私の考えている文系と理系の枠というのは、

世の中には真実や事実のような事柄がある

世の中には絶対に正しいことなんてない

という2つの考え方です。わたしは、前者を理系、後者を文系と考えています。
(後者はただの相対主義者だろというツッコミは、「その通りです」)

これは日本の文系教育、もしくは一部の文系の人たちの言説が原因だと思ってますが...


前者の「世の中には真実がある」ということからは、研究を続けて「正しいこと」(や理論)を発見していく。それを積み重ねるという科学的な方法への信頼があります。

一方で、後者は正しいものなんてない、ということです。「科学の理論は、絶対に正しいわけではない」ということをことさら主張するのですが、ここから「思いつき」と「検証してるけど、まだ反証されていない」に差がないという過激な主張になったりしがちです(シンクロニシティ主義者とか、「シンクロニシティがないなんて証明されてない」とか)

また、ここから、理系は「事実』について語り、文系は(事実なんてないので)「意見」について語るという区別が生まれます。


わたしは「事実」について語るべきで、事実はどうやっても事実だと思ってます。

一方、「意見」について語りはじめると、そこから「誰が語った」かがポイントになってくることが多いです。

わたしは「誰が言ったか」ということをなるべく軽視しようとしているのですが、逆に「誰が言ったか」が大事という考え方があります。

有名な人が断言してる、というのは、たしかに「わかりやすい」ですが、むしろ「どうしてそれが正しいか(少なくとも現時点では間違っていないか)」が分かることを重視すべきだと思ってます。

posted by やまざきしんじ at 10:16| Comment(0) | 俺ワード

2015年10月18日

書道

最近はひらがなは書けるようになりましたが、カタカナはぼちぼちです。

というわけで、ひさびさの書道です。ちなみにカタカナはわからないものがあるようなので、タブレットで調べながら書いてました。

ひらがなもカタカナもなんか書き順とか変で、書く場所がフリーダムですが(いつもはここまでフリーダムではない)なかなかおもしろいです。

ちなみに水性の墨なんで、いざというときにも安心です:->

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posted by やまざきしんじ at 19:35| Comment(0) | 日記

2015年08月28日

愛についての5つの誓い

最近、”愛”について目にすることがしばしばあります。そんな訳で、少し前のある哲学者の言葉を書いておきます。誰の言葉かはマイナーなんで、ここでは書きません^^;;

一つ、愛する者は、いつも前を向いて歩き続けること。

一つ、愛は与えるもの。

一つ、愛することは守り合うこと。

一つ、愛する者は、自分を信じ、決して後悔しない。

一つ、愛する者は、一流の紳士・淑女たるべし。

深いな..
posted by やまざきしんじ at 17:28| Comment(0) | 日記